C.W.ニコル 作 家 


私が生まれて初めて北極遠征に参加したのは、17歳の時だった。12歳の頃から、いつか探検家となって極地を訪れるのだと心に決めており、その分野に関する本は手当たり次第に読んでいたから、現地で出会ったイヌイットが魚や肉を生(なま)で食べるのを見ても、ひとつも驚かなかった。といっても、アザラシやセイウチ、クジラ、それにカリブーなど、生で食べるものの種類は限られている。たとえば、淡水産のイワナを生で食べることはないが、海から遡上してくるイワナはそのまま食べるといった具合だ。

私は、この事実に興味を持ち、見ているだけでは飽きたらずに自分でも試してみたくなった。詰まるところ、その土地の人々と食を分かち合わずして、真の旅人と言えようか。それはさておくとしても、私は幼い頃から出されたものは残さず食べるように厳しく育てられた。他人が出してくれた料理を鼻であしらうなどという振る舞いは、相手に対する最大の侮辱であると教えられてきたのだ。


だから、初めての北極遠征でアザラシやカリブー、イワナを生で食べるときにも、私にためらいはなかった。イヌイットの猟師やその家族の温かさが背を押してくれたのかもしれない。彼らは、遠方からやって来た白人の若者をすぐに受け入れてくれた。

だからこそ私は、ともに食卓を囲み、ひとつの料理を分かち合うひとときを心から楽しむことができたのだ。

とはいえ、3度目の北極遠征まで、私は醤油の存在を知らずにいたのだ。

日本を訪れ、あの鮮烈で、素材の味を際立たせる驚異の味と出会ってからというもの、私は極北の地を訪れる際には必ずモントリオールにある小さな日本専門店に立ち寄って、キッコーマン醤油を2缶、買っていくことにしている。

調査中に襲ってきたため
射殺したホッキョクグマと

アザラシにセイウチ、ベルーガ(シロイルカ)、イワナにカリブー、どれも刺身にして醤油をつけて食べると最高だ。そこにショウガやワサビ、ニンニクなどの薬味が少々あれば、もう言うことはない。

今では、イヌイットもすっかり醤油党だ。私がまだ日本へ来る前の若かりし日々を過ごしたカナダのバフィン島やヌナブット準州では、どの家の食卓にも日本の醤油が並んでいるはずだ。ことに、イヌイットたちが「ムクトゥク」と呼ぶベルーガの皮を使った一品には、醤油が欠かせない。ちなみに、彼らは甘みの強い白人好みの中国製醤油を「ソイ・ソース」と呼び、日本の醤油と区別している。イヌイットの間では、「キッコーマン」の名で知られる日本製醤油のほうが断然、人気が高い。お断りしておくが、くだんの会社からは礼状や賞牌の類は何一つ頂戴していないので、念のため……。 (訳・森 洋子)

無断転載を禁じます