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●見るにつけ聞くにつけ、世の皆様方は余程沢山のご馳走をお愉しみのようで、そのエネルギーには只々感嘆するばかりです。比べればわが寝食のなんと単純かつ侘しいことか。都会暮しの時代も、外での呑み食いには鮨店などごく限られた場所にしか足を運ばなかった。海なし県の田舎暮らしとなった今は尚更だ。それでも「この月にはあれとこれを一度は口にしたい」などと思うのが常で、そんな煩悩にふらふらするうちに、十二ヶ月など瞬く間に過ぎてしまう。

▲例えば今頃は〈鳥貝〉などもまた、儂の煩悩の種となる。「なぜそんなものを?」と訝る向きもあろうかと思うが、少なくとも儂と儂の呑み友のRにとっては、こいつが待ち遠しくて仕方ない。こいつをお目当てに遥々電車を乗り継いで、かつての“気心知れた”鮨店に出掛けたりする。もっとも鮨として食らうわけじゃない。酒の摘まみだ。剥きたての生をツルリとやるわけだ。いや、ツルリ、ツルリと二つ食う。ツル・ツル・ツルと三つやってしまうかも知れない。そのためにだけ電車に揺られて上京するのだ。念のために魚の本を開いてみたら「鳥貝は冬が旬」と記してあった。ほんまかいな――儂ゃ春のほんの短い間にしか出合ったことがない。

■鮨店関係で一等待ち遠しいのは、御多分にもれず〈新子〉なのだが、その時期はまだ遥かに遠く、考えれば口中が泡だらけとなり気が狂いそうだ。こちらはもちろん酒の摘まみではなく、酢飯に張り付いたやつを頬張ることになる。二かんだけで痩我慢する。鳥貝の絵が描き難いので、(関係ないけど)目の前にある向島のお店の〈桜餅〉を描いてしまおう。山賊さまはこんなやつにも目がないのです。


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