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沖縄では出産祝いのときに「マースデー」という方言を使います。直訳すると「塩代」という意味で、お祝い金で塩を買いなさいということです。
人間は生まれながらに、いや母親の胎内にいるときから塩とは深い関係にあり、塩と水は生きていくために必要不可欠なものなのです。また、「命ど宝」といい、人の命、物の命をとても大切にしてきました。


戦後経済の復興とともに、大量生産、大量消費によって経済を循環させる時代になり、欲しいものが簡単に手に入り、暮らしを便利・快適にして、物質的に生活を豊かにすることが最も優先されました。
ものを作れば売れるので、本来の品質は無視され、本物を作る心まで希薄にさせてしまいました。
その影響は塩にまで押し寄せました。
自然の塩から化学塩や再生塩などの大量生産の塩にとって変わってしまったのです。それは本物の塩とはあらゆる意味で程遠いものでした。
それは、四方、海に囲まれた沖縄でさえ同じでした。


三十数年前まで、沖縄には海水を濃縮する入浜式塩田(潮の干満を利用して海水を濃縮する)が各地に点在していました。
その塩田で濃縮した海水を塩職人たちが釜で炊き上げ、出来た塩とにがりを塩職人の妻たちは、大きな桶いっぱいの塩は頭にのせ、にがりをいっぱい入れたバケツを抱え二十キロ以上の道のりを売り歩いていました。
今でも、子供ながらにそのパワーには圧倒されたことを思い出します。
しかし、一九七一年の「塩業近代化臨時措置法」により、日本の塩田はすべて閉鎖され、その美しい塩田風景や塩売りも姿を消してしまいました。
それは情景だけでなく、食品の安全性までも奪ってしまいました。そして過去には存在しなかった病気が発生し、果ては地球環境を破壊し、地球そのものの存在すら危ぶまれる状況にしてしまったのです。


われわれの日常生活でも同じことが言えます。家庭における親子のあり方が大きな問題となっています。社会構造の変化により核家族化が進み、家族で食事を一緒にすることが少なくなってしまいました。いわゆる一家団欒の減少により、親子の会話が無くなり、躾、食文化の伝承が行えなくなってしまったのです。また、一人で食事をしたり食事の偏りにより、気持ちが不安定になり、切れる子供たちが増えています。
沖縄では昔から、命を何よりも大切にする心が根付いていました。また、人に対しての優しさ、親切さが小さいころから自然に身に付いていました。
私は今こそ、生きていく上で最も重要な食の大切さ、もの作りの大切さを伝えて行かねばならないと考えています。

海を背景に体験塩田も着々と整備が進んでいる

そのために、現在、子供たちが元気に自然の中で塩作りを体験し、学べるように日本古来の揚げ浜式塩田を作っています。
この体験塩田を作ることになったのは、不登校による引きこもりの子供たちに何か出来ないかという学校の先生と出会ったことがきっかけです。
私は、粟国島の太陽の下、その塩田で子供たちが体を使い、汗を流して塩作りを体験し、自分で作った塩を使って料理を作ることで、食べ物のありがたさ、もの作りの大切さを知ってもらえたらと考えています。また野菜がどうやって出来るのか、魚がどのような形、色をしているのか、この家畜は何を食べているのかなどを知ってもらうことが、子供たちに食に関心を持ってもらう一つの方法だと考えています。


ファースト社会にこそ、こういったことを常日頃から子供たちに見せ、体験させることにより、日本独自の“侘び寂の心”、“一期一会の心”が養われるのではないでしょうか。
次代を切り開く子供たちに、もの作りの心を伝えることにより、経済効率、物質的な豊かさ優先の生き方ではなく、人間本来の心の豊かさを取り戻し、人と自然と地球が協調、調和して生きる気持ちが芽生えればと思います。
さらにある学校では、その塩田で塩作りを体験すると、総合学習の単位がとれるように計画が練られています。
私が自然を相手に塩作りで長年培った経験と技術と知識で、未来を担う子供たちに本物とは何かを少しでも知らせることが出来れば幸せです。


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