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午後のティタイム。私はパソコンの前からキッチンへ降りて行き、フリーザーからヴァニラ・アイスクリームの箱をとり出した。

私が降りれば、アミもつられる。つづいて猫たちも。キッチンは四人でにぎやかだ。
「ママのおじいちゃま化! アイスクリームってシニアの食べ物みたい」アミが私の手許をのぞきこみ「チョコレートかけるんでしょ?」とにやつく。

「そうよ。ヴァニラにチョコレート、それにアーモンドも載せるの。最高のとりあわせよ!」
冬にアイスクリーム? いえいえ、いまは暖房がちゃんとしてるから、アイスクリームは一年中の食べ物。その証拠に、地方のスーパーでもアイスクリームはいつもある。それに、娘が指摘したように、シニアはアイスクリームが好きだ。

九十歳すぎたパパの好物は、フォーションのアイスクリームだった。麻布十番にフォーションが店を出していた頃、クリスマスイヴの午後、突然、
「寄ってちょうだい」と運転中いわれて、あわてたことを思い出す。手すりもない黒大理石のツルツルの広い階段が十数段あって、クルマが停められなかったら、父がひとりで昇り降りする危険な建物なのだ。なんとかなだめて、急いで挙屋から取り寄せて無事すませたのが、昨日のことのようだ。

スルッとのどを通る仄かな甘さと好みの味――これこそたしかにシニア向けだ。私も以前よりアイスクリームに惹かれるのは、シニア年齢になったせいかしら? うちではハーゲンダッツのヴァニラ一パイント(約五〇〇t)と、ハーシェイのチョコレート・シロップとアーモンド・スライスが常備品だ。アーモンドはいろんなものをおいしくする魔法の一振り。

この夏軽井沢で、隣りにある姉の山荘に顔をだしたら、キッチンで湯豆腐のしたくをしている。
「夏の湯豆腐? 風雅ね」
「クニが」と息子の名を言って「マツヤに買い物一緒に行ったら『こんなのダメ、これがいい』って肉をやめてお豆腐にしたのよ」
「それでいいの? パパは九十過ぎてもしゃぶしゃぶ肉とうなぎだったじゃない。仁左衛門も肉とうなぎが大好きで、長生きして最後まで舞台に出てたわ」

大豆はもちろん健康食。でも親に好物があるなら、淡泊なものをしいて食べさせるより、自然にまかせたほうがいいのじゃないか。私は食べ好きの長生き・イキイキ老人を身近に見てきたから、そう思う。

医者が禁じている食べ物があるなら、それは別のはなしだ。でも年取ったからと、健康な親に自動的にお豆腐はじめ、フニャフニャ・淡泊味ばかり食べさせたら活力が減る。なによりも、食べたいものがある、それが大事なことだ。すべてそれぞれの人の問題で、これ、と決めつけることはない。食の自由は、シニアの活力の素だから、トシとったらいっそう大事だ。

超高齢社会では、シニアに対して若い世代がよけいな口出しをしすぎる。食事の中身や、運転や、旅行につべこべ言うのは、年をとると「弱くなる」「判断がわるくなる」「能力が落ちる」と、親の実態よりも、メディアの受け売りの色眼鏡で見る。

アーモンドとチョコレートで思わずお代わり



ゆとり社会は過保護&管理社会でもある。子供の過保護の押し付けは困りモノだが、子供はそれに気づかない。思い出すと私にもその傾向があった。
「パパは九十過ぎだから一人歩きは危ないわ」
「この暑さに商店街に買い物にいらっしゃるの? 私も行くわ」という風に。そのたびに、
「ダイジョウブ。一人がいいの」
「ほっといてちょうだい」なんて言われた。あとから考えると、パパのあの頃なら、たしかに子供の心配しすぎだった、と気づくのである。
シニアは、夢ゆめ、お節介コドモのたわごとに従ってはいけません。
「私はステーキを食べるのよ」
「食べ物ぐらい自分できめられる。荷物を持ってくれるからって、食事に口出ししないで」
ときっぱり宣言しなければ。トシとったからと子供に遠慮すると、子供はよりプッシュするようになる。シニアはつよくなること。自分の自由は自分で守らなければ。
うちではおかしな現象が最近、起こっている。朝食が親子ぜんぜん別モノで、娘のアミが和風で、私はぜったいに洋。食卓さしむかいでフォーク対おはしである。夕食は一緒につくり、同じ料理だけど。

朝食については、私はだんぜんアメリカン・ブレックファスト。フレッシュジュース、ハムやベーコンに卵、トーストにコーヒー。子供時代からの習慣は変わらない。アミはコーヒーは飲むけれど、この半年は、ダイエットで和風に徹する。キノコや大根おろし、ご飯にわかめやキュウリ、お豆腐、若鮎の木の芽だき。私がアイスクリーム、彼女は栗蒸し。
「うちは、まるで逆ね。ママの食べるのが子供世代風で、アミのが親世代じゃない?」アミが笑う。
「朝が和風じゃ、私は力が萎えちゃうの」
食べ好きは一生、居ながら楽しめる「趣味」だから、大事にしよう。
「今朝はバジルのオムレツにしようかな」
「今晩はビーフストロガノフがいいな」
「ゆうべご馳走だったから、今晩はキュウリのサンドウィッチとスープで気軽サパーにしよう」
健康チェックを年に一度していれば、これを食べるな、あれにせよ、なんてクヨクヨすることはない。コレステロールが心配だから肉やバターはとらないという人に、こんなお話を――私もコレステロールは正常よりちょっと高い。でもお医者さまは、
「良性のコレステロールだから気にしなくていいですよ。それに若い人なら先の心配もあるけど、あなたや私はもう気にしなくていいトシなんです」とにっこり。私はとても気楽になった。
シニア世代は、世間に左右されない、子供世代にかきまわされないことを基本にして、むかしの映画の題みたいに「我が道をゆく」――Going my wayで食を楽しむのがいいのじゃないか。


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