No.272








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●山賊に身をやつしはじめの頃は、下界の食習慣を意識的に雲上へ持ち込む事に拘った。だが、それが正しくないことをすぐに悟らされた。紆余曲折を経て、山中に於いては(殊に行動中は)敢えて食さず――という決論に、儂は達した。…とは言うものの“シャリバテ”は禁物だから、水分の外にも多少は腹に詰めなければならない。風雪の酷しい中ではもちろん、そうでなくともノンビリ休んだりはしないから、上着のポケットに裸で突っ込んでおいた餌を少しずつ啄ばむ。いちいち防寒用のグローブを脱がずに出来ることが望ましい。その糧秣が干し柿であったり、あるいは蓬入りの大福餅だったり… とりわけ儂は麦穂形のパンを愛用するようになって久しい。千切ったブロックを三つ四つ、ポケットの中に忍ばせて歩くのだ。専らベーコンを巻き込んだやつを買う。表皮のクラスト感を弄び、ベーコンの薫りが鼻に抜け脂分が口中を甘く滑らかに潤すのを愉しむ。歩きながら咀嚼する麦穂パンの一欠けだけで、充分ランチ気分に浸れるのだ。▲第一に米飯好きで、かつ麺類にも目のない儂だけど、バランスよく(?)パン類も食す。フランス式の棒パンや(サンドイッチ用に)丸パンなどが主体となるのだが、パンを買いに行けば、序でに(山賊する予定がない時でも)麦穂形のパンをついつい一本買ってしまう。そして(人目も憚からず)街中を歩きながら、あるいは自転車のペダルを踏みながら、一欠けらずつ(山中でするのと同様に)食べてしまう。偶の上京にもパン屋を探検したりする。儂の棲む田舎町では望めぬ華やかな品々が並んでいる。堪らずに買って、帰宅を待ちきれずに、やはり電車の中でついつい啄ばんでしまうわけ!

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