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ひょんなことから、五月の始めから体験農園に畑を借りることになった。僕は知らなかったのだが、練馬区にはいくつかの体験農園というのがあり、現在政府のモデル事業として注目されているらしい。しかも、マンション住まいの方や、リタイアーした方々に絶大な人気があり、どこの農場もかなりの倍率の抽選会をクリアーしないと参加出来ないそうなのである。そんな情報を友人が教えてくれ、ちょっと見学に行こうかと女房殿が訪ねたら、幸運なことに一区画だけ空きが出て、そこに潜り込んだというのが顛末である。

約二千坪くらいの土地に、百五十区画が整然と区分けされている。一区画は十坪近くあり、既に先住者の畑には数種類の種が蒔かれていた。当然のことながら、我ら夫婦は畑作りから始めなければならない。が、少し遅れて参加した我々には、先生(広大な畑の持ち主で、彼が普通の農業には飽き足らず、土地を一般に開放し体験農場なるものを世に先駆けて始めたのである)が付きっきりで指導して下さった。ま、落ちこぼれの生徒に対する補習授業のようなものであった。普通は、三〜四十人の方々と講習を受けるのだが、マンツーマンは有り難い。畑の土作りは、あっという間に追いついた。しかし、種の芽が出るのは二週間くらいは遅れているのだろう。我々が種蒔きをした時には、そこかしこの畑は既に芽吹いていた。

Kubota Tamami

まず最初に蒔いたのは、小松菜、ホウレン草、チンゲン菜、ルッコラ、二十日大根だったろうか。幅三メートル奥行き六十センチの畑を均等に三つに分け、そこにそれぞれの種をバラ蒔きする。軽く土をかけ、水を施す。これが終わったら、パオパオと呼ばれている白くて薄い布を被せて、四方の端を土に埋める。こうしておくと、鳥に種や芽を啄まれることもないし、ある程度の保温にもなるという。但し、パンパンに張り詰めてはいけない、一見だらしなく思える位にルーズに被せる。こうしないと、折角芽吹いた野菜が押さえつけられて伸びないのである。ある程度伸びたところで、パオパオを外すのだそうである。

三日後に覗いてみると、パオパオの下にもう芽が出ている。二週間を過ぎると、双葉の中から本葉が出るという逞しさ。途中で小雨が二日続いて晴天に戻る。慈雨とは、素晴らしい言葉である。それぞれの作物が、ぐいぐいとパオパオを持ち上げ始めた。こうなると、もう布を外さぬと成長の妨げとなる。先生の許可を頂いて、パオパオを優しく取り外す。作物によって大小のばらつきはあるものの、もう立派な顔をしている。そこで、均一に育つよう密集しているところは間引きをする。この間引き野菜を持って帰り、サラダにした。五種類の摘み菜をミックスしたのだが、旨いの一語に尽きる。それぞれの味はハッキリとしているのだが、見事なほどに調和もしてくれる。よくスーパーなどで、パック詰めされたミックス野菜が三、四百円で売られているが、ちょっと収穫してもその十倍はあったのではあるまいか。

当初、奥行き六十センチ幅一メートルの畑にホウレン草を植えても、あっという間になくなるだろうと考えていたが、とんでもない話。大きくなる時には、一斉に伸びる。こんな小さな畑でも、少なく見積もっても八百屋の十束分はある。いくら僕が大食漢でも、一日に十束のホウレン草は食べ切れぬ。レタスにしても、トウモロコシ、ジャガ芋、ズッキーニ、インゲン、トマト、茄子、キュウリ等々。すべてが容赦なく成長し、夫婦二人でも持て余す。専門家を先生にすると、こうも違うものなのだろうか。ともあれ、三日に一度は畑に行き、農家の気分に浸っている。



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