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自然界のメカニズムのことは判らないが、桜の花が咲き出すとビワの芽が出始める。同時に、山椒の葉もぼちぼちふくらみ出す。おそらく、日照時間や平均気温が植物の成長ホルモンに作用し、数多の木々が眠りから目覚めるのであろう。この頃の山菜の特徴は、軽い苦味があることだろう。蕗の薹にしても、うこぎの芽にしてもあけびの芽にしても、優しい苦味がある。この苦味こそが、晩春から初夏にかけての野の風味なのだ。

食べものの苦味の味が判るのは、日本人と韓国人。ヨーロッパではイタリアとフランスの人々という話を聞いたことがある。イタリアを旅行していた友人が、土産に蜂蜜を持って来てくれた。早速味わってみると、仄かな苦味があり大変においしい。
「いゃー、苦味があって旨いよ」
「そうでしょう、ヤマモモの蜜なの。イタリア人は、自然の中の苦味をとても大切にするんです」

Kubota Tamami
考えてみたら、よくサラダで味わうアンディーブ(チコリと呼んだりもしている)とかトレビッツやルッコラ(ロケット草)も苦味があっておいしい。我が家で天婦羅をする時に野菜が足りないと、こうした西洋野菜の風味があるものを選び揚げてみるとけっこう旨い。ある程度の苦味というのは、爽やかさを醸し出すものだと思う。皆さんが毎日のようにお飲みになるビールだって、ホップという西洋唐花草の花を加え、苦味と泡立ちをよくする為に用いているではないか。人間の味覚というのは、度を越すと受け入れることを拒否するけれども、ほどほどであると風味として珍重するから不思議である。

ともあれ、四月から五月にかけては、努めて野歩きをするよう心がけている。犬を連れて散歩をする時だって、川岸の草むらを見ながら歩く。と、イタドリだとかスカンボやタンポポが新芽を出している。タンポポは若い葉を摘みサラダにするとかなり旨いし、イタドリやスカンボは天婦羅がいい。また、山歩きをした際には、ワラビやコゴミを探すだろうし、雑木林に自生している山椒の葉や実も有り難い。ワラビは藁灰で煮てアクを抜きお浸しにするし、コゴミはやはり天婦羅か味噌汁がいい。山椒の葉は、さっと湯通しをして、醤油と味醂と酒で佃煮にしておくと、おにぎりの絶好の具となる。好みで刻み昆布かカツオ節を加えると、更に旨味を増すだろう。山椒の実は、やはり湯通しをして置き冷凍保存をする。魚などを煮付ける際に冷凍庫から取り出し、適宜な量を魚に添えて煮込むと俄然おいしさを醸し出す。

この時期には、ツワブキも海岸から少し中に入った山肌などで見かける。このツワブキは馬鹿に出来ない。産毛のような皮毛が生えた若々しい新芽を摘み、ちょっと面倒ではあるが茎の上と下から皮を剥く。このまま湯通しをして出汁に浸すだけでも旨いが、適当な長さに切り揃えて天婦羅にするのも乙。

僕は、何でもかんでも天婦羅にしてしまうが、実は簡単だからであるし見た目も美しい。油は、白絞油か太白と呼ばれているゴマ油を使う。サラダオイルの倍くらいの値段だが、仕上がりがよいのとサッパリ感が違う。小麦粉(薄力)を水に溶き、玉子をよく混ぜ加え、それにさっと具材を潜らせ揚げるだけ。油の温度は百七十度から百八十度、その見きわめは水に溶いた小麦粉を一、二滴たらし、一旦沈んで直ぐに浮き上がって来たら適温。家の周りにある雪の下とかビワの葉、よもぎタンポポ何でもよいから揚げて塩で味わってみよう。塩の他に、レモンの絞り汁をかけても旨いし、もちろん天つゆでもいい。日本の季節感を、ほろ苦さで味わう贅沢が楽しめる。



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