道具からその国が見える
前回に、働き盛りのニューヨーカーがお料理をしない話しを書いたけど、お料理をちゃんとやる市民がいるのも、また事実だ。
東京ではキッチン用品は、デパートならル・クルーゼのようなブランド品か、ちょっと見はいいけど面白味のない品ばかり、安売り大型店は安い代わりデザインはひどい、という風で行ってもワクワクしない。日本ではキッチンは、基本的に実用オンリーで、エクサイティングな場ではないらしい。
ニューヨークのよさは、行きやすい場所に専門店があって、値段はリーズナブル、おまけに面白い品でいっぱいだ。アッパー・ウェスト、マディスンの目抜き通り、ロウワーサウスのしゃれた店や、倉庫みたいに大きな、安くてなんでもある店など。
東京で探してなかった道具や、東京では高すぎて買いたくない品は、これらの店で買って持ち帰る。料理好きなら誰でも知ってるル・クルーゼのゴム製のヘラは色が赤、黄、ブルーなどあってすてきだけど、東京だと大一本が千九百円! ニューヨークなら同じ値段で大中小三本が買える。だから外国人は、
「日本のデパートってゴージャスだけど、値段はまるでドロボー!」と冗談を言う。
「日本じゃ買えないわ」
メジャーカップは日本でも1/2、1/3、1/4、と1カップ。ガラス製は1カップ、2カップ 、4 カップまで揃う。数年前ゼイバースで、2カップというステンレスのメジャーカップを見つけて試しに買ったら、その使いやすいこと。お料理は2カップ単位でやるものが多く、金属は軽いからあっと驚く便利さ。こういう生活上のグッドアイディアは、アメリカ人の得意とするところだ。
お鍋に入れて温度をはかる温度計は、十年ほどまえ、父に言われて娘がナショナルスーパーで買ったのを、父亡いあと、なにかと便利して使っていた。こわれたので買おうとしたら、もう輸入していない。ディジカメで写真をとって、A4 版に印刷してニューヨークの街を持ち歩いた。
「執念ね、ママ」 娘が笑った。
「絵を見せるのが手っ取り早いもの」
一軒目で店員に見せて、
「こういうの、置いてない?」
と訊くと、じっと見てうなづき、
「こっちにあります」
棚に案内してくれた。アメリカ製で二十ドル、同じ品が別の店では、台湾製で八ドル。念のため両方買った。金属製のお魚の形をしたムース型は、たった十ドル。使ったら具合いいので、東京で二つ目を探したけど、ホテル用品専門店にもない。なぜこんな安くて楽しいものが、日本にはないの?
オリーブの木は細工すると木目が美しく、スプーンやバターナイフや、サーヴァーがすてきだ。ベーコンをぴんと焼くためのベーコンプレスも具合いい品。どれも安いのに、日本にはない。日本のデパートは、安いものは利幅が少ないから置かないし、何よりも買付けが男性の独占で、生活者の目がないから、暮しに役立つ美しい品がない。女性が仕入れを担当すれば、様子は変わるのに、デパートは相変わらず男性支配社会だ。
いまはフランス料理でも、バター一辺倒は流行らない。オリーヴオイルを皮切りに、ブドウ、アヴォカド、最近はティなどさまざまな植物からとったオイルが世界的に全盛で、お鍋にオイルをちょろっと垂らすのに、小さな瓶がいる。陶器の小さな瓶にオリーヴの一枝が描いてあって、コルクの蓋に細い口がねがついたものが二十五ドル。美しいし、具合もいい。前はプラスティックのサイフォン式を画材屋で見つけ、二千円もしたのを使っていたが、熱いお鍋に接触して、穴があいてダメになった。